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コラム「徒然なるままに」(2009年2月)

連合大阪 事務局長 脇本ちよみ

 「今年は母の17回忌だから予定を」と、先日弟から電話をもらい、思いもかけず涙が出た。

 母が逝ってしばらくは、母のことを思うたびに、母につながる何かを見たり考えるだけで思わず涙がこぼれたが、17年もの歳月を重ねると、懐かしい昔話として思い出すようになっていたはずなのに…と自分でも驚いた。そしていくつになっても母は母だとあらためて思った。

 幼いころ、母は毎日米を研ぐ前に、必ず杯いっぱいの白い米を別の入れ物によけていた。それは、年に2回の遠足と運動会のときに、せめて麦の入らない白い米のみのおにぎりを3人の子どもたちに持たせるためにとしていた知恵だったと知ったのは、だいぶ後になってからだ。

 そんな貧しい暮らしであったが、多くの愛を注いでもらったとあらためて思う。そして、その愛の中から多くのことを教えてくれたと今思う。

 “貧しくても、金品に卑しくなるな” “弱い者いじめはひきょうである” “学んだことは必ず身につく。だから努力は怠るな” “人にも物にも感謝を忘れるな” “言うより行動しろ” “想像力を働かせろ” “謙虚であれ” “良いも悪いもお天道様は見ている” “何事にもあきらめず一生懸命取り組め。一生懸命に意味がある” などの口癖の数々を思い出す。

 大人になっても時々「しまった!」と思う失敗をしたとき、「おかあちゃんの言いつけを守ってなかったなあ」と振り返ることも多々あった。もちろんいまだにできていないことはたくさんある。心が痛いとき、助けがほしい時、悲しいとき、必ずといっていいほど母を思う。それほど私にとって母は大きい存在だった。

 その母が最も多く言っていた口癖は「額に汗して働くことこそ尊い」であった。今、その尊さが非常に軽んじられていはしないか。大きな格差社会に追い討ちをかけるように広がる昨秋以来の金融危機の波。経済状況も、雇用状況も厳しい中での春の闘いである。

 「額に汗して働くことが尊い」社会の実現にむけてがんばらなくてはと思っている。

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