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コラム「徒然なるままに」(2007年12月)

思いの満ちた1年に…

連合大阪 事務局長 脇本ちよみ

 いよいよ「師走(しはす)」である。「師」も走り回るほど忙しいから「師走」と言われているが、これは本当はこじ付けで「師走」と言う漢字も当て字であるらしい。本当は万葉の時代から「十二月」と書いて「しはす」と読んでいたそうである。「し」の語源は仕事、為すこと、年など。「はす」の方は「果つる」と解釈されているようである。走るにしても果てるにしてもあわただしいことには変わりはなく、やはり12月は昔から慌ただしく、忙しかったのだろうか。

 12月に近づいたからなのか、私も最近胸がざわついて落ち着かない。なぜか非常にざわついているのだ。「ざわつく」という感覚は時々ある。やることがありすぎて、何からやるべきか優先順位がつけられないくらい整理がつかない時、また、やらないといけないことが山積しているのだが、やろうという元気や、やるための納得がつかない時…に非常に胸がざわついて落ち着かないのだ。つまりは、「やる」ための自分なりの動機付けがつかないことが原因なのかもしれない。

 どんなに忙しくても、慌ただしくても、「やる」ことに意味や意義が見いだせる時、人はその労をあまりいとわないのかもしれない。同じ「やる」にしても「やらねばならない」と「やりたい」では大きな違いがある。友人にこの胸の「ざわつき」の話をすると、「やらねばならない運動ばかりじゃなく、やりたい運動をせんとあかんよ」と諭された。その言葉を思い出しながら「to do listノート」を見てみる。「やりたい」ことがいくつあるだろうか…、しかし、やらねばならないことも重要ではないか…と思いが交錯する。

 12月の異称には「年満月(としみつづき)」と言う言葉もある。年が終わるのではなく、さまざまな思いや行為で1年が満ちていく…という思いだろうか…。

 1年の締めくくりを、満ち足りた思いで過ごせるような、そんな仕事や運動が、いくつできているだろうか…いくつやれるだろうか…と少し祈るような気持ちで12月を迎えている。

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